第二節 こよりの歴史

上代には髪を結ぶのに麻糸を用いていましたが、7世紀頃に和紙が作られるようになってから紙縒りを用いたようです。 これが後世の元結(もとゆい)の起源でしょう。 万葉集や古今和歌集に紙縒りが使われていたことが記されており、また正倉院御物の遺品によっても知ることができます。

また、贈り物を縛るのに、もとは紅白に彩った麻糸を用いていましたが、室町時代以降、水引の形式が出来上がりました。 元結も水引も、ともに長い紙縒りに米糊をすりつけて乾燥させ、これをこすって光沢を出して仕上げます。

紙縒りを観世撚りと呼ぶ起源については、二説あります。
第一説は、文明年間(1469〜1487)に観世太夫が翁の烏帽子にその掛緒として用いたというもの。
第二説は、徳川家康が観世太夫に命じて甲兜の毛ぎれや損傷した部分をつづり、繕う材料としてつくらせたというものです。

紙縒りそのものには俗信はないのですが、これが水引ともなれば色の染め分けや結び方によって、吉凶の区別が生じてきます。
この他、「今昔物語集」、「宇治拾遺物語」、「名将言行録」などに紙縒りの使い方が載っています。

紙縒りを用いた製品は、韓国でも発達し、長門地方を経由して日本に広まったといわれ、江戸時代には上流家庭の家内工芸として広く行われました。 その状況が江戸時代劇『長七郎江戸日記』などにもたびたび見られます。

製品として、徳利、水筒、タバコいれの筒、印籠入れ、笠、盆、膳、卓、行李などがあり、これらには漆塗がほどこされていました。
また、衣類としても、特に襦袢として夏に汗を防ぐために用いられ、明治時代に職人衆や車夫たちに愛用されました。
そのほか、紙縒りで織った紙布、紙帳、熱海の特産として知られていた雁皮紙織(がんぴかみおり)などがあります。
さらに、紙縒りは普段着の羽織の紐、また各種の帳簿の綴じ紐としても用いられていました。 素材である和紙が手近にあるのと、紙縒りの強さや柔軟性が綴じたり結んだりするのに適当なため、手軽に使用されていたのです。

  
紙縒りの用途と年代
名称 使用年代 主要産地 メモ
結び紐(草葛・藁) 上代以前 原始時代には草・藁を使用した
結び紐(麻糸) 上代〜645 髪を結ぶのに麻糸を紙縒りにして使う
元結(和紙) 飛鳥645〜 元結の起源となっている
掛緒(和紙) 文明1469〜 京都 観世太夫が烏帽子の掛緒に使う。
家康が観世太夫に作らせた兜の毛切れに使用
家内工芸品(和紙) 江戸時代1615〜 東京 徳利、水筒、煙草入れ、印籠、盆、笠や膳、行李など漆塗がほどこされた
熱海 特産の財布、手提げ入れ物として販売された
装飾品(現代色和紙) 平成1995〜 東京・千葉 井上宗匠が伝統工芸として広めている

羽織の紐 帳簿綴じ 印籠入れ
タバコ入れ 膳盆
紙布袋 雁皮紙織 紙帳